お墓の歴史~お墓と埋葬の始まり~

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皆さんは、お墓がいつ頃から建てられる様になったのか、そして亡くなった方の埋葬がいつから始まったのかご存知でしょうか?
現代ではお墓のかたちも変わり、様々な埋葬の方法がありますが、その中で唯一変わっていないのは、亡くなった方のご冥福をお祈りするということ。
本日は、そんなお墓の歴史についてお話します。

目次

  • お墓とは?
  • 埋葬の始まり
  • いつから今のお墓が建てられるようになったの?
  • まとめ

お墓とは?

お墓というと、石塔を建て、故人の遺骨を納め供養するものということは皆さんもご存知だと思います。
それでは、どうしてお墓を建てるのでしょうか?
仏教をはじめとする、どんな宗教においても、お墓を建てることは特に義務づけられていません。
お墓を建てるという行為は、宗教的なものよりも民俗的な考え方や慣習によるものです。
また供養の方法については、それぞれの国によって考え方が異なります。
インドのように死体をガンジス川に流すという国もありますし、鳥葬といって、鳥に死体を食べさせ、鳥とともに魂が昇天していくと考える国もあります。
日本では一般的に、お墓に埋葬し供養することで、故人の魂が浄化され成仏するというふうに考えられてきました。
近年は散骨などの新しい供養のスタイルもありますが、民俗としての伝統的な考え方は、現在でも受け継がれています。
それが今も残る従来のお墓のかたちです。

供養

埋葬の始まり

皆さんも気になる、人間が死者を埋葬する習慣が始まったのがいつの頃かは、まだ正確にはわかっていないそうですが、約300万年から200万年前頃、ホモ・ハビリス(猿人)たちが、母猿が死んだ我が子の遺体をいつまでも離さないように、自分に親しい死者の遺体を葬っていたのではないかとされています。
そして、150万年から50万年前のホモ・エレクトウス(原人)の時代、特に火を使った遺跡を持つ北京原人などは、明らかに住居としていた洞穴の奥に、人骨を保存していて、死者と生者とが共生関係を持っていたことが示されているそうです。
更に人類額的にもう一歩進んだネアンデルタール人(旧人、50万年から3万年前)の時代になると、イラク高地のシャニダール洞窟の例では、遺体に七種類ほどの草花が供えられるなど明らかな埋葬行為が行われています。
シャニダール人は、とても優しい性質を示していて、その行為は、現代人と同じことがわかります。
また、同じネアンデルタール人の埋葬で、生前に使用していたと思われる石器が副葬されているケースも発見されているそうで、この時代の人類が、既に死者のための死後の生活を想っていたのではないかと考えられているそうです。

シャニダール洞窟

いつから今のお墓が建てられるようになったの?

お墓の歴史を振り返ると、現代のような碑石を建てるお墓が建てられ始めたのは、埋葬の始まりからは随分後の、江戸中期の頃からだと言われています。
とはいえ、その頃からすべての家族がお墓を建てられたわけではありません。
権力や富を持っていたり、経済的に豊かな一部の層だけであって、一般の庶民にとってはまだまだ建てるには程遠いものでした。
そして、現代のように、経済的に豊かであるかどうかに関わらず、誰もがお墓を自由に建てられるようになったのは、それほど古い話ではありません。
昭和中期に起った日本の高度経済成長時代により、日本の国が豊かになったことや、霊園といった形態の墓地が定着し、なおかつ先祖を思いやるような心のゆとりが生まれるという、そうした様々な時代背景の変化の中で建墓が一般化されてきたといえそうです。

まとめ

現代では海への散骨や、宇宙葬など、新しいスタイルや時代の変化により、供養の方法が増え、お墓の建立が減ってきています。
そういった現代社会の中で、何百万年も前から続く、亡くなった方を想う、人間の心のあり方は今後も変わらないでいてほしいものですね。

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